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2013年度新規助成団体 BIG ISSUE掲載記事

路上生活者、休耕地と荒れ地を開き、農業で自立。
若者の中間就労の場、野菜の加工工場も展望
-NPO法人 さいたま自立就労支援センター

ホームレス状態にある20人と埼玉の土地を開墾し、始めた農業が障害や病を抱える人、ひきこもりの若者の中間就労の場となり、過疎化が進む農村と町の交流を促す役割まで果たそうとしている。
そんな活動をしてきた「さいたま自立就労支援センター」代表の菅田紀克さんに話を聞いた。

当事者20人の共同生活 7年後には生活のめど

画像:代表 菅田紀克さん 代表 菅田紀克さん

菅田紀克さんはもともと東京都内で、コンピューターの磁気記録技術を海外から導入したり、開発したりする会社を経営していた。
「会社も大きくなり、社員も増え、海外に工場も建てましたが、時代の流れに乗りきれず、1991年に廃業しました」。その時ふと、「それまで気にもしなかった、社会を地道に支えている人たち」の存在に目が留まり、「自分も、そういう現場で汗水垂らして働きたい」と思うようになった菅田さんは50代の大半を市場や鮮魚店など、あらゆるところでアルバイトをして過ごした。
「休みの日は、知的障害者や精神障害者の施設でボランティアもしました。そこで、"彼らの仕事がほしい〟という職員の声を聞き、農業の可能性を探ってみることにしました」

2003年、「さいたま自立就労支援センター」を設立した菅田さんは、埼玉県から休耕地活性化を目的とした補助金を受けて農機具を購入。さいたま市の農家で有機農法を学びながら、市内の休耕地を開墾し始めた。
「当時、埼玉県の芝川の河川敷や大宮公園、大宮駅周辺には職を失った人たちが寝泊りしていました。炊き出しをしながら『一緒に農業をやって、腹いっぱい飯が食えるようになろう』と根気強く誘い続けたところ、20人が集まってくれました」

以来、廃品回収やハウスクリーニングなどを兼業しながら米や野菜をつくり、共同生活を送ってきた菅田さんの活動には、これまでに路上生活の経験がある人や病気で職を失った人など100人近くがかかわった。
「なかには知的障害と言語障害をもち、人とかかわるのが苦手な男性もいましたが、仲間に『お前のつくるカレーはおいしいね』と言われたのをきっかけに身の上話ができるようになり、率先して農作業をリードしてくれるようになりました」

2010年頃には、約20人のメンバー全員が自分たちの作った米や野菜を販売して生活できるまでになった。同じ頃、埼玉県の仲介で本庄市児玉町、児玉郡美里町、加須市へと活動の範囲も拡大。そのうちの児玉町と美里町の農園を菅田さんに案内してもらった。

中高生、ひきこもりの人
自分を開放する効果ある農業

写真:雑木の伐採から始まる休耕地の開墾雑木の伐採から始まる休耕地の開墾
写真:豊作の願いを込めて田植え豊作の願いを込めて田植え

菅田さんによれば、群馬県の富岡製糸場からも近い本庄市は、明治後期から昭和にかけて養蚕が盛んで桑畑が広がっていたが、高齢化と後継者不足により桑畑は何十年も手つかずとなり、荒れ果ててしまった。その一部を菅田さんらは国の助成金で開墾し、蕎麦を栽培。「藪伝いにイノシシが来なくなった」と地域住民からも感謝されている。
「無農薬で化学肥料も極力使わずに栽培し、県の特別栽培農産物の認証を受けた蕎麦は地元の公設蕎麦処『ふれあいの里 いずみ亭』に納入しています。今では、店で使う年間2トンの蕎麦のうち半分をまかなうほどの収穫目標を立てることができるようになりました」と菅田さんは誇らしげに言う。

藪を切り開いた別の畑は、生活保護受給世帯の中学生の学習支援をしている「彩の国子ども・若者支援ネットワーク」と協働で、中高生の就労体験学習の場としても活用されている。「夏休みを利用して、バスでブルーベリー狩りやトマト、キュウリなどの夏野菜の収穫に来て、それを調理し、みんなで食べる」のだという。

こうした活動を通して菅田さんらが目指しているのは「地域を元気づけること」と「社会的弱者の生き甲斐をつくること」だ。
「困難を抱える人を見て、かわいそうと言っているだけじゃ人間は救われない。共に働き、目的を共有して、やり甲斐を感じてこそ意欲も湧いてくる。作業をしていると『栗もってけ』『野菜もってけ』と地域住民が声をかけてくれて、温かい交流も生まれます」

何より「草が生えたら草を抜き、雨が降ったら雨宿りする"自然に身を任せた暮らし〟には、日常のプレッシャーや、自分へのこだわりから人間を開放する効果がある」という。これを「うつ病に苦しむ人や、ひきこもりの人」にも活かせないかと、菅田さんらはファイザープログラムに応募。助成1年目となる13年度は彼らの「中間就労の場」となる畑1ヘクタールを開墾した。
「農作業に対しては時給800円を支払い、慣れてきたら『ここのトマトはあなたに任せる』と担当を決め、収穫した野菜は売って苗や肥料に替えてもらい、徐々に自立へと導いていく」計画だ。まだ3人を受け入れ始めたばかりだが、「朝早いのに誰も寝坊せず、生き生きと作業をしている」という。

ブルーベリー農場を開き、放置された公園を活用

写真:宿根草の苗を植えているところ宿根草の苗を植えているところ
写真:宿根草と雑草の闘い。草むしりをしているところ宿根草と雑草の闘い。草むしりをしているところ

助成2年目の14年度からは「農のある暮らし体験」をテーマとして掲げ、開墾した美里町の2・8ヘクタールの土地に、ブルーベリーの苗木300本を植えた。
「最終的には千本を植え、都心に暮らす人々の癒やしの場となる観光農園にします。収穫したブルーベリーは障害者団体に持ち込み、そこでオリジナルブランドのジャムにして、販売まで請け負ってもらうことを目指しています」

そして児玉町では、花を愛した米国の絵本作家ターシャ・テューダーにちなんだ「ターシャの杜」づくりが進んでいる。
「このプロジェクトは、アレルギーの子どもたちのために活動してきた女性が『治療を兼ねて自然のなかで暮らしたい女性を中心に活動したい』と発案したもので、花の専門業者による指導のもと、宿根草150種、450本の苗を植えました」

地域の養蜂経験者の知恵を借りながら蜂蜜を採取し、販売していく計画で、空き家を活用し、女性たちが共同生活を送る家もすでに確保してある。花々の豆知識をウェブ上で紹介する「広報」は、30代のひきこもりの男性が担当するという。

「ターシャの杜」づくりが進む児玉町の小山川沿い一帯は「かつては行政が整備した公園だった」というが、長らく放置され、今は草が生い茂っている。「ターシャの杜から続く川沿いの竹林に遊歩道を整備し、河原に子どもたちの遊び場を復元。バーベキューやキャンプ、森林浴、イノシシのジビエ料理も楽しめる憩いの場にすれば、街人と村人の交流が進み、地域に雇用も生まれるのではないか」と菅田さんは考え、町と交渉を重ねている。

さらに今年は、滞在型農園づくりにも力を注ぐ。
「畑は1区画を30~50坪単位で区切り、地域に点在する空き家を紹介。畑込みで、月6万円で借りられるようにしたい。リタイアした夫婦が食べていける野菜を作れるイメージです。共有スペースに道具小屋を建て、共同の田んぼで米づくりを手伝ってもらう代わりに、採れた米は参加者全員に分配したいですね」

次々とアイディアをかたちにしてきた菅田さんには、もう次の夢がある。
「社会的弱者といっても、靴ひもを結ぶのがやっとの人から、重機を動かせる人まで幅広い。だから漬物やジャム、野菜の加工工場をつくって生産から販売までを自分たちで手がければ、いろいろな種類の仕事が用意でき、彼らに広く門戸を開けるんじゃないかと思うんです。私も歳だから、そろそろ若い人に活動を引き継ぎたい。そのためにはもうひとがんばりして、価値ある資源を残していかないといけません」

NPO法人 さいたま自立就労支援センター

2003年12月、路上生活に至った人たちの自活と尊厳を回復する団体として設立。以来、社会的弱者の自立と自活を支援する活動を続けている。耕作放棄地を開墾し、農業を通して就労の場を創造すると共に、それぞれに課題を抱える農村と町の交流を盛んにし、共生と共助そして連帯の輪を広げることを使命とする。

TEL : 090-9781-8966
ホームページ : http://www.saitama-shuuroushien.com/

※名称・団体名はTHE BIG ISSUE掲載当時のものです。

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