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高齢社会のライフライン・求められる保健医療:2000年3月 Pfizer Forum
二十一世紀の保険医療制度維持に向けた改革に対する考察

大日康史
大阪大学社会経済研究所助教授
1966年生まれ。同志社大学経済学部卒。
大阪大学社会経済研究所助手、立命館大学経済学部専任講師を経て、
1995年より大阪市立大学経済学部助教授、99年より大阪大学社会経済研究所助教授。
専門は景気循環論・労働経済学・医療経済学・計量経済学。
International Health Economics Association、日本経済学会、公衆衛生学会、
関西労働研究会、病院管理学会、日本OR学会、景気循環学会に所属。

目前に迫っている少子型の超高齢社会。保健医療は、人々の暮らしになくてはならないガス・水道・電気などと同じような、社会のライフラインの一つになっているのではないでしょうか。

軽医療における代替性を考える

少子・高齢化が進み、医療保険制度に深刻な影響を与えてきている。わが国の国民医療費は対GNP比で7.3%(1997年現在)と、先進諸国に比較するとまだかなり低水準ではあるが(OECD加盟29カ国中18位)、高齢化と皆保険維持を前提に考えた場合、この比率は近い将来急速に高まると推測される。
こうした危機意識のもとで、医療費増加に歯止めをかけることを目的に行われたのが、1997年9月以降における医療保険制度の改正である。また厚生省は、その実施1ケ月前にさらに次のステップとなる改革案をいくつか提示しており、そこには「低額医療の医療保険からの離脱」という注目に値する案が盛り込まれていた。
この案は、一定の金額までは治療費を全額自己負担とするというものであったが、より広く解釈すれば「軽度の風邪や腹痛など、市販の大衆薬や自然治癒でも代替可能な医療(軽医療)の場合、全額自己負担とする」施策といえる。
もし軽医療に関する医療サービス需要の価格弾力性(価格によって需要がどう左右されるか)が高ければ、その部分の自己負担率を高めることにより、医療費を大きく抑制することが可能となる。
そこで軽医療における需要の価格弾力性について、経済学的分析を行なった結果を紹介してみたい。
医療サービス需要の価格弾力性を研究

まず、軽医療をここでは「医療機関で医療サービスを受けるべきかどうか、患者の意思決定により左右される余地がある、軽度の病気の治療」と定義づける。つまり生命に直接関わる状態または疾患ではなく、前述の通り大衆薬や自然治癒など代替性のある医療分野である。そこには需要者側(患者)による医療サービスの選択が働く可能性が大いに存在する。しかし、国内で信頼に足る医療需要関数の推定値はほとんどないに等しい。
アメリカでも、医療サービス全体の医療需要関数を検討した論文は枚挙にいとまがないが、大衆薬などの代替性との関連について検討したものは数少ない。しかしその中で、8年間にわたる家計からのデータを用いて行なった壮大な社会実験がある。そこからさらに軽医療に焦点を絞り、大衆薬と医療サービスとの代替性を考察した研究では、最終的に自己負担額と大衆薬需要の間に明確な関係はないと結論づけられている。
日本においてアメリカのような大規模の研究は適わないため、われわれは国民生活基礎調査基本調査の個票を用い、軽医療の対処方法に関する意思決定の分析を行なった。
薬に関する知識増に伴う医療費抑制効果

分析の数式や詳細なプロセスについては省略するが、従来の研究よりも正確に軽医療を定義するために、軽医療に該当しない慢性の疾患や、がんや脳卒中などの重度の疾病は排除した。その結果得られた日本の軽医療における医療サービス需要の価格弾力性は、0.144〜0.149というものである。この値は、軽医療の自己負担率が1割アップすると、受診回数が1.44%減少することを意味しており、あまり弾力的でないといえる。ただしこれは若年層を対象とした調査であり、高齢者は若年層に比べて機会費用が少ない(時間的なゆとりが多い)ため、より弾力的である可能性がある。
この結果を受け、さらに精密な測定を試みた分析では、軽医療を風邪に限定した上での医療サービス需要の価格弾力性が、0.23〜0.36であることが明らかになった。それをもとに仮想的なシュミレーションを行なうと、風邪による受診費用は年間約5,000億円(1995年時点の国民医療費からの推定値)とみられ、仮に自己負担率が1割増えた場合、約270億〜400億円の国民医療費が抑えられる。
また同研究では、薬局における薬剤師からの情報提供や、教育などを通じて、人々の薬に対する知識が現在の10倍に増加した場合、医療サービスを受ける人は3.5〜5.0%ポイント減少、逆に大衆薬の需要が2.8〜3.1%ポイント増加し、結果として約412億〜600億円の国民医療費の抑制につながることが示された。つまり、自己負担率をあげるよりもさらに大きい医療費削減効果が、患者への情報提供によって期待できるのである。
今後さらなる分析が必要なことはいうまでもないが、自己負担の引き上げによる医療費削減効果は限定的と考えられる。しかし、医療保険制度の改革に際しては、自己負担率が低すぎることによってモラルハザード(倫理の崩壊)が生じることに十分留意することが重要であろう。

■ 軽医療(風邪)における医療費抑制効果
グラフ:風邪に用いられる国民医療費の条件比較です。現在の費用およそ5千億円に比べ、自己負担額が現在の1割り増しとなった場合およそ4570億円、薬の知識が現在の10倍になった場合はおよそ4400億円と推定されます。
資料:「風邪における医療サービスと大衆医療の代替性に関する研究:独自アンケートに基づく分析」井伊雅子、大日康史(「医療と社会」1999年11月 Vol.9 No.3)を元に作成

■ 価格弾力性とは

図表:価格弾力性は、価格が1%変化したときに、需要量が何%変化するか、を表す。需要の変化率を価格の変化率で割った商のマイナスの値として算出されます。弾力性が1に等しければ、価格が変化しても、支出額は変わりません。弾力性が1よりも小さいと、価格が変化しても購入量があまり変化しない、非弾力的というわけです。弾力性が1よりも大きいと、価格が変化すると購入量がそれ以上に変化します。弾力的だといえます。価格を下げると需要が増えます。
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