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2012年度助成団体 BIG ISSUE掲載記事

赤く輝く夕陽のように、明るく美しい晩年を。
高齢化する中国帰国者1世を支援
-夕陽紅(シーヤンホン)の会

「中国帰国者」と呼ばれる人たちがいる。終戦時、中国大陸に取り残され、80年代後半以降に日本に永住帰国した人々だが、今、彼らは高齢化に伴う問題に直面している。中国帰国者1世を支援するボランティア組織「夕陽紅の会」のみなさんに、帰国者問題の今を聞いた。

日本に4度捨てられた。中国帰国者1世の苦難と心の傷

画像:代表 遠山 雪恵さん 代表 遠山 雪恵さん

中国帰国者の過酷な運命は、第二次世界大戦の終戦時に始まる。ソ連軍の侵攻により中国大陸に取り残された13歳未満の日本人、いわゆる中国残留孤児は生きのびるため中国人の養父母に預けられるなどした。戦後、日中の国交が断絶される中で、日本への帰国がかなったのは80年代後半から90年代にかけてのことだった。すでに彼らの多くは40代後半になっており、日本語の習得もままならず、生活習慣も違う中で、帰国後の生活にはさまざまな困難が生じた。

ボランティアスタッフの飯田奈美子さんは、帰国者1世の苦しみをこう語る。

「ある残留孤児は『日本政府に4度捨てられた』と証言しました。1度目は敗戦で大陸に取り残された時、2度目は日中の国交断絶、3度目は国交の回復時。帰国が認められても当初は日本人の身元保証人が必要とされたため、両親の名前がわからないなど身元が判明しない多くの人は帰ることができませんでした。そして、4度目は帰国後。長い間、政府による生活支援が保障されなかったため、彼らは帰国しても自力で生きていくほかなかったんです」

帰国者1世の多くは、中国で懸命に働き、結婚もして家族を持った。だが、祖国の日本では、がんばって生きのびた彼らの人生は認められず、誇りのもてないものとなった。帰国者の配偶者である劉偉さんは、そんな1世の声なき声を日本に来た直後に目の当たりにしたという。

「お正月に地域の人たちで集まってお祝いをした時でした。ある男性が私に話を聞いてほしいと、深夜1時頃まで帰ろうとしないんです。自分は祖国に戻ってきた、れっきとした日本人。でも、誰も自分のことを理解できない……そう言って、涙を流して、悔しい、悔しいと言うのです。彼は、普段はお洒落に気を遣い、絵や活字も好きな文化人タイプで、威厳のある九州男児のような人。中国では立派に仕事もしていた。でも、日本では言葉もわからず、彼の言葉によれば〝下の下の扱い〟。その悔しさを、日本人である自分が妻や子どもに話すわけにはいかない。だから、あなたに聞いてほしいと。その時から、私は1世の人たちの深い心の傷を思い続けてきました」

調査通して2世らが発起。
1世のための介護予防教室、居場所をつくる

写真:利用者のグループ「夕陽紅芸術団」のダンス。地域のイベントでも踊る利用者のグループ「夕陽紅芸術団」のダンス。地域のイベントでも踊る 写真:利用者が中国式将棋を楽しんでいるところ利用者が中国式将棋を楽しんでいるところ

京都府内の帰国者1世とその配偶者は約200人で、平均年齢は70代前半といわれる。高齢化する彼らの支援をベースに、2世3世らが「夕陽紅(シーヤンホン)の会」を結成したのは2011年4月のことだ。きっかけは、京都の大学が実施した外国人高齢者と外国文化の背景をもつ人を対象とした生活調査だった。この調査研究に参加した牧田幸文さんは言う。

「中国帰国者が多く住む伏見区を調査した時、中国語が話せる2世の人たちに調査員として参加してもらったのですが、彼らはインタビュアーとしてだけでなく、当事者として自分たちの親世代の問題を切実に受け止めたんです。地域に居場所がなく、孤立していて、介護を受けるにしても言葉の壁や食生活の違いなどで、本当に困っている。1世の厳しい老後生活を、自分たちの世代で何とかできないのかと。会の発足は、大学の調査や研究を超えた、当事者の強い思いで実現しました」

会の発足前から介護士として帰国者支援に関わってきた劉偉さんは、「中国語を話せるヘルパーがほとんどいないため、帰国者は生活や健康上の問題を正確に伝えられず、適切な支援が得られていなかった。何より既存の介護サービスでは、心のケアまでは難しい」と話す。特に帰国者1世の場合、単身世帯は約4割を占める。支援制度を受けると、子どもたちとの同居ができないうえ、日本に根づこうと忙しく働く2世3世とは世代間ギャップもあるため、これまでは帰国者同士の交流の場さえもちにくい事情があったという。

このため、夕陽紅の会では12年にファイザーの助成を受けて、1世の人たちが要介護にならないよう健康状態を保つための「介護予防教室」をスタートさせた。教室は月1回の開催で、健康講座や中国伝統の気功体操、ダンス、寸劇、集団レクリエーションなどのプログラムを実施。毎回、ボランティアを含め20~30人の参加があり、これにより1世の人たちへの介護・医療情報の提供、健康管理を行うと同時に、教室は彼らの居場所づくりにもなった。

劉偉さんとともに早くから活動してきた2世の遠山玲子さんは、介護士としての経験を帰国者支援に役立てたかったと話す。

「日本に来た当初は自分のことで精一杯でしたが、介護の仕事に就く中で、帰国者の介護サービスへの認識がとても低いと感じ、支援にかかわるようになった。団体名の『夕陽紅』は、夕陽が赤く輝きながら沈むように人生の晩年も美しく輝くという意味で、中国では誰もが知っている言葉。祖国に帰ってきた1世の晩年を寂しいものではなく、明るく美しいものにしたい」

1世の特技を活かした趣味や地域交流。団体独自の場をつくりたい

写真:牧田 幸文さん(写真左)/飯田 奈美子さん(写真右)牧田 幸文さん(写真左)/飯田 奈美子さん(写真右) 写真:遠山 玲子さん(写真左)/劉 偉さん(写真右)遠山 玲子さん(写真左)/劉 偉さん(写真右)

夕陽紅の会では今年度、再びファイザーの助成を受けて、介護予防教室に加え、趣味講座や地域交流イベントの開催、さらには2世3世のホームヘルパー資格の取得支援などにも取り組んでいる。代表を務める2世の遠山雪恵さんは、さまざまな困難を抱える1世のニーズに応えていきたいという。 「利用者の声を受けて、中国将棋など趣味のプログラムを月2回実施することにしたのですが、地域の一般の人々との交流を深めるため、1世の人たちの特技を活かした中国の伝統料理や舞踏などの中国文化を伝える教室も開いていきたい。また、中国語ができる介護ヘルパーの不足は大きな課題。私自身もヘルパー2級の資格取得を目指していますが、地道な活動でヘルパーを育成していきたいと思っています」

会の活動は、まだ始まったばかり。1世の老後生活を充実させていくには、やるべきことはまだたくさんあるが、なかでも団体独自の〝場〟をもつことは大きな課題の一つだ。

「今は、地域の貸会議室を予約して介護予防教室を開いているのですが、毎回、場所が変わるので、利用者も混乱することがある。事務所など会独自のスペースを確保できれば、利用者ももっと増え、また社会からの支援も受けやすくなる。それに、将来の夢としては帰国者のための介護施設や配食センターができるなどして、より安心できる老後生活をつくっていけたら」と2世らは口を揃える。

ただ、夕陽紅の会は、手弁当のボランティア組織。できることには、もちろん限界がある。だが、これまではそうした生活上の困難をくみ取る仕組みそのものがなく、夕陽紅の会は1世の人たちのニーズ把握という役割も果たしている。特に今年からは、派遣ボランティアによる傾聴活動も始めたという。

「夕陽紅の会は、既存の介護保険サービスではカバーできない帰国者のさまざまな問題を補う社会資源として機能していく。そのことで、1世の人たちが日本社会の一員だと感じられ、誇りをもって生きてもらえるようにしていきたいと思っています」

夕陽紅(シーヤンホン)の会

高齢化する中国帰国者1世の支援を目的に、2011年4月に2世とその支援者らによって発足。既存の介護サービスになじみにくい1世の人たちの健康を守る「介護予防教室」を開催しているほか、中国語を話せるホームヘルパーや介護福祉士の育成、居場所づくりの一環としての集団レクリエーションを行う。また、健康芸術団による舞踏や中国の伝統料理教室などを通じて地域と交流し、中国帰国者の存在を広く伝えている。

Eメール: y-makita@fcu.ac.jp
ブログ : http://xiyanghong.blog.fc2.com/

※名称・団体名はTHE BIG ISSUE掲載当時のものです。

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